たそがれ時のそぞろ歩きのお話。

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心が折れそうになることがありました。
まぁ、生きていればこんなときもあります。しかもたくさん。

こういうときに遅くまで仕事しても全然はかどらへんので、思い切って日があるうちに帰りました。
普段は降りへん駅で降りて、お気に入りの景色が見える場所でリチャージです。

お気に入りの川辺を散策しながら、飛行機雲をたどったり、鉄橋を電車がゆき過ぎるのをひたすら眺めていたりします。
近くも遠くもない距離には、猫さんたちがいて、その仕草を見るのも愉しみのひとつです。

歳を重ねて良かったと思えるのは、折れそうなときに、ぎりぎりまで曲がる術を、それなりに身につけてきていること。
心の芯には、葦や柳を育てておきたいなあと思います。

日が暮れたら、橋を渡って駅へ。この日の夕闇は少し夏色で明るく感じましたよ。

たそがれ時のそぞろ歩きのお話。” への2件のコメント

  1. はじめまして、こんばんは。耐乏プレスの頃から拝見しています。
    今日の内容は、まさに今の自分と同じで思わずコメントさせていただきました。私の場合は、自分に否があるところが大きく、そのことを考えると苦しい気持ちになりますが、うささんのように景色を眺めたり、何気ない日常を繰り返すうちに、自分のしたことは自分で責任をとるしかないし、切り替えるしかないと、少し落ち着いて考えられました。

    • やちさん、はじめまして。こんばんは。

      耐乏PressJapanのエッセイから…。これまで見ていてくれはって、そして今回、コメントをくれはってありがとうございます。

      10代20代の頃は、心や身体がきつくなる背景があると、その先にある自分が塗りつぶされる感覚でした。
      (今から思うと、自分がそうしてたんですが)

      今は「その先」への道を作ろうと、とりあえず意識して、もがくようになりました。

      時には直球勝負、時にはタイムアウト、時には自分にだけ言い訳したり(笑)…
      もがく力もないときは、全く動かずただひたすら寝ていたり…
      (↑夫に「間違えて、黄色いゴミ袋(市の指定ゴミ袋)に入れそうになったわ」と言われました)

      いろんな想いで眺めた景色も、過ごした時間も全部ひっくるめて、先の自分につなげたいもんですね。

      お互いに、日々を積み重ねていきましょう。
      これからもどうぞよろしくです☆

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